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NYにとって久々に良いニュースになったよ『ハドソン川の奇跡』を見に行ってきた【感想・ネタバレ注意】

2009年1月15日。新年が開けたばかりのハドソン川に1機の旅客機が"着水"した。155名の乗員乗客全員が生還した奇跡の墜落劇に世界中から賞賛の声があがりました。

記憶にも新しいニューヨーク・ラガーディア空港を離陸したUSエアウェイズ1549便(カクタス1549)の不時着水事故。当時のニューヨーク州知事の言葉から『Miracle on the Hudson』 = 『ハドソン川の奇跡』と呼ばれ、日本でも話題になったのを覚えています。

この出来事がクリント・イーストウッド監督の手によって映画化され、2016年9月24日に日本公開となりました。出だしは好調、9月24日~25日の週末興行成績で1位の『君の名は』に続いて初登場2位の滑り出し。興行収入2億2500万円を記録しました。

アメリカン・スナイパー』以来のクリント・イーストウッド作品、機長役に『トム・ハンクス』という安心感。期待しながら劇場に足を運びました。【ネタバレ注意】

予告編での『155人の命を救い、男は容疑者となった』とのキャッチフレーズ、事故当時の称賛の報道しか見聞きしていなかった自分には、そんな容疑がかけられているとは全く知りませんでした。機長の『チェズレイ・(サリー)・サレンバーガー』氏にかけられた疑いは必要のないリスクを取り、真冬にハドソン川に不時着水し、乗客乗員を危険に晒した容疑。そのそもの事故原因はラガーディア空港を離陸して間もない低空時にカナダガン(鳥)の群れと遭遇、2機ある航空機のエンジンにカナダガンが吸い込まれ、エンジンが停止してしまったことです。この現象はバードストライクと呼ばれ、エンジンに異物、この場合は鳥が吸い込まれ、内部装置が破壊されたために飛行するための推力が得られなくなった状態です。鳥の飛行速度と旅客機の飛行速度が違いすぎるため、飛行中の旅客機の前方に鳥の群れがいたとしても、視界に入った時には避ける余裕がありません。パイロット達はこの低高度航行中に全エンジンが停止する前例が無いため、もちろん訓練を受けておらず、何もかもが初めての状態でこの局面に立ち向かったのです。そして前述の通り、USエアウェイズ1549便は無事、ハドソン川に着水。着水の衝撃で機体がバラバラになる危険性もありながら155人全員が無事生還したのです。無事生還したのもつかの間、米国国家運輸安全委員会(NTSB)による事故調査が始まり、機長のサリーに対して執拗な聞き取り面談が始まります。

映画の冒頭はサリーが精神的に追い込まれた状態から始まります。誰もが知っている喜ばしい話なのにいきなり追いつめられた機長のカット。時系列で考えれば離陸前の様子からバードストライク発生、奇跡の着水劇を経て、NTSBによる事故調査、疲れきった機長の様子という順になりますが上手いこと観客の興味を沸かせる構成になっていると思いました。何故サリーは追い込まれたのか、全力を尽くして仕事を全うした事によって英雄化される一方、事故調査委員会からは『墜落』と言われ、容疑者として疑われる日々。英雄化されたがために家族に迷惑がかかり、容疑者としては本業のパイロットとしてはもちろん、判断が誤っていた場合は副業の安全コンサルタントの仕事までもが無とかしてしまいます。このような幾つもの原因が少しづつ、少しづつ解き明かされることによって観客の興味を引き出し、この映画の価値が高められていました。

映画のテーマとして自分が感じたのは『判断』という言葉でした。緊急事態に対処する機長としての判断、英雄としての世間との判断、家族の父としての判断、そして何より容疑者としての判断。サリーがしなければいけない判断というのはとても責任のある重要な判断となりました。

旅客機の機長は乗員乗客の命を預かる身となり、安全安心に務めなければいけません。それは緊急事態が発生した時も同様。結果、サリーの冷静な判断によって155人の命は救われ、機長としての判断を全うすることができました。救うことができたサリーには英雄としての判断が迫られました。リーマン・ショックによる世界同時不況、米国内の失業率増加など暗いニュースが報道される最中に発生した奇跡、NYと飛行機という関係性から思い起こされる911の悲劇を塗り替えるような出来事に世界中から英雄として称賛されます。NTSBによる追求がありながらも英雄としての期待に答え続ける判断をしました。家族にも迷惑をかけてしまいます。英雄の家族として家の周りを報道陣に囲まれ、家族は不安な日々を過ごすこととなります。容疑をかけられたサリーにとってどれほど苦しいことでしょうか。もし、誤った判断をしたと決定付けられた場合、ローンの支払いを続けることが難しいことが予想されます。そうなれば家族に迷惑をかけることは必至。そのような状況であっても、心は動揺していても言葉だけは家族を安心させようとした言葉を伝えつづけました。

この映画での最も見どころのある判断は容疑者としての判断だと思います。サリーは事故発生時、持ち合わせている飛行経験、過去の事故発生時の状況から現状を判断し、ハドソン川に機体を着水させました。しかし調査委員会はそれを翻すように証拠を突きつけてきます。完全停止を示していない左エンジンデータ、シミュレーションによる空港滑走路への着陸成功、過去に事例からも危険と隣合わせの着水という判断。これらの証拠からサリーによる着水は判断ミスであると言うのです。サリーにとってのショックは計り知れないでしょう。今までの経験から導き出した答えを否定され、一生の仕事として働いてきたパイロット人生を否定されたのです。自分の判断は間違っていたのかもしれない、家族にも吐露する場面もありました。副機長のジェフリー・B・スカイルズ(ジェフ)にも相談して同調されるも置かれている状況は変わらず。どうしたら良いのか、サリーは思い詰めます。思い詰めながらもホテルから出てジョギングに向かうサリー、何気なく入ったバーで店員や常連客に歓迎されます。こんな英雄と飲めるなんて今日はいい日だ、いいタイミングだったと何気ない常連客の一言にサリーが気づきます。ここでサリーは一つの賭けにうって出ます。この判断がサリーを容疑者から真の英雄へと導きました。

調査委員会の公聴会に提出される証拠の一つ、コックピットボイスレコーダー(CVR)と自社の再現シミュレーターによる飛行検証の2つから真実を見極める事としたのです。CVRの再生前にUSエアウェイズによる再現シミュレーターを用いた飛行検証を実施する運びとなります。NTSBにとっては全くの疑問。コンピューターでのシミュレーションは既に済んでいるため必要性がないのです。結果、シミュレーションでは空港への緊急着陸に成功します。この状態ではサリーの判断が間違っていたと証明するだけです。ここからサリーの逆転が始まります。サリーは飛行検証の問題点を指摘しました。検証飛行のパイロットの判断が早すぎるとの指摘でした。コンピュータの再現では考慮されていない人的要因、つまりは事故発生による動揺、状況を判断するまでのタイミングが考慮されておらず、公平な立場である必要のあるNTSBに疑問を叩きつけたのです。実際、NTSBの検証は繰り返し練習したパイロットの結果を証拠として採用していました。公平な判断として事故発生から状況判断時間として35秒経過後に行動を開始する飛行検証が実施される事となりました。ジェフは35秒でも短いともらしますが、検証の結果、飛行機は空港へに到達できずサリーの証言によってハドソン川への着水が最善策として立証されました。わずか35秒の差によって判断するべき事柄が変化したことをサリーは分かっていたのです。

その後、CVRの再生が始まると同時に初めて断片的に描かれてきた事故の様子が通して描かれました。何気ない離陸前の日常から搭乗した乗客のドラマ。プッシュバック前に冗談を言い合うサリーとジェフのやりとりからバードストライク、着水、ハドソン川に飛び込んでしまう乗客、やっとの思いで救助されて岸にたどり着いても乗員乗客の身の安全を意識したサリーの姿までの出来事が描かれていきます。サリーの判断は事故直後から脱出後まで至って冷静で正しい判断がされていました。コンピューターで白黒をつけるのではなく、状況と経験によって最後まで最適な判断を下すことができたUSエアウェイズ1549便の機長の姿がそこにあったのです。

96分という少し短い映画ですがクリント・イーストウッド監督らしい味のある人物が濃く描かれていました。『シン・ゴジラ』で見せられた濃い人間ドラマとは違った古き良きアメリカ像を改めて知らしめてくれました。高齢ですが是非これからも良い映画を作っていただきたいです。

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